ピアノと斎藤洋さん

2021年の美術館コンサートにて

桜の季節のコンサートは斎藤洋さんの発案で始まりました。以来現在に至るまで、出演者の推薦やご自身も演奏などプロジェクトを支えてくださっています。樺細工のピアノに出会った時の印象や第一回コンサートを開催するまでの経緯を語ってくださいました。

「樺細工ピアノ」との出会いは、私が秋田大学に勤務していた2009年の夏のことでした。すでに新聞やテレビで紹介されて話題になっていましたので、一度実物を見たいと思っていたところ、大学で非常勤講師(クラリネット)をされていた安藤満里さんが「古きピアノに樺のアート・プロジェクト」の代表であることを知りました。このチャンスを逃すまいと、「ぜひ樺細工ピアノを弾かせてください」と懇願したところ、すぐに「どうぞ弾いてください」とうれしいお返事が返ってきました。こうして念願の対面が実現したのです。

当時の「樺細工ピアノ」は、まだ一般公開されることなく“仮住まい”の角館交流センターの一室にひっそりと保管されていました。初めてピアノを見た瞬間、その外観の美しさに目を奪われてしまいました。独特な光沢のある、渋い色合いの樺細工を着飾った小さめのグランドピアノは、そのフォルム(曲線美)が一層引き立てられ、あたかも第一級の美術工芸品を鑑賞しているかような感動が湧きあがってきたのです。弾いてみると、またびっくり。その音色には、57年前(当時)のピアノとは思えない輝きがあって、時間が経つのを忘れて夢中になって弾き続けてしまいました。

「先人たちの思いを、ピアノの音色を通して後世に伝えたい」という安藤さんの熱い思いに共感した私の中に、ある構想が芽生えました。全国から多くの観光客が訪れる「桜まつり」に合わせて、秋田のピアニストが日替わりでコンサートを開催するというものです。安藤さんも同じことを考えていらしたようで、話はとんとん拍子に進みました。

まずは、会場探しから。角館のことは何でもご存じという安藤さんのご案内で武家屋敷通りを西から東へと歩いたことがなつかしく思い出されます。そして、最後にたどり着いたのが平福記念美術館でした。平福穂庵、百穂親子の作品を中心に展示するこの美術館は、広い前庭の奥にひっそりと建つ西洋ふうの建物で、昔から大好きなスポットです。ここしかない!

美術館の方からもご理解をいただき、めでたく新居が決まりました。私は今でもこれほど「樺細工ピアノ」が似合う空間はないと思っています。入口からロビーへと進むと突然、正面に出現する「樺細工ピアノ」の存在感は抜群で、周囲に飾られた地元の画家による絵画とも見事にマッチしているのです。早速、秋田県内で活躍する13名のピアニストに出演を依頼して、2010年、桜が満開の季節に記念すべき第1回「奇跡のピアノコンサート」が開催されました。出演者の皆さんは、バラエティに富んだプログラムで存分に個性を発揮してくれましたので、どの回も大好評でした。

「桜の季節の奇跡のピアノコンサート」は、その後13年の間に10回の開催を積み重ね、今では桜まつりに欠かせない名物企画として定着するようになりました。コンサートを楽しみに県外から毎年訪れる方もいらっしゃるそうです。初回に比べると、演奏者の顔ぶれも多彩になって、内容的にもますます充実してきました。第2回以降は「Otoを楽しむ会」のメンバーが、しっかりと準備をしてくださいますので、私はもう何もお手伝いすることはありません。それにしても、会の皆様のチームワークの良さにはいつも感心させられます。

ありがたいことに、私は毎回、演奏者としてお招きいただいています。「樺細工ピアノ」の魅力を引き出し、多くの方に伝えることが私の役割であり、年に一度の目標になっています。

昨年12月、うれしい知らせが届きました。「Otoを楽しむ会」が令和3年度秋田県芸術選奨ふるさと文化賞に輝いたのです。廃棄寸前だったピアノの再生、コンサート、地域文化の発展と継承活動が評価されての受賞でした。会の皆様の長年にわたる地道な活動が認められたことは、私にとりましてもたいへんうれしいことです。これを機に、大好きな「樺細工ピアノ」が一年でも長く、人々に愛され続けることを願っています。そして、私自身も、感謝の気持ちを忘れずに、「奇跡のピアノ」の名にふさわしい演奏ができるようにがんばりたいと思います。

斎藤洋さん出演のコンサート

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2021.4.29
樺細工で生まれ変わった奇跡のピアノコンサート
会場 角館町平福記念美術館
曲目 ピアノソナタ「月光」 私のお気に入り 歌と踊り第9番 モンポウを讃えて 3/4 6/8ブギ

斎藤洋さんプロフィール

武蔵野音楽大学卒業、同大学院音楽研究科修了。
1985年、東京でリサイタル開催。87年より秋田市で12回のリサイタル、3回のデュオ・リサイタル(2台ピアノ)を開催の他、多くのコンサートに出演。2002年、中国遼寧省でリサイタル。2005年~11年に開催された8回のアトリオン・ピアノフェスティバルでは音楽プロデューサーを務め、6台のピアノを用いたさまざまな形態のアンサンブルを演奏した。
1995年秋田県芸術選奨、2004年木内音楽賞受賞。元・秋田大学教育文化学部准教授。